木箱の中の彼女

「ご遺体はこちらです。」
そう言われて久々に対面したのは、
細長い木の箱に入った塊だった。
白いシーツの上からナイロンがぐるぐると巻かれてあった。
中は見えなかった。
それは
「くの字」に曲がっていた。
胎児みたいに。


連絡を受けてから一週間、わたしは泣かなかった。
帰宅して子供の顔を見た両親が堰を切ったように嗚咽を漏らすのを見届けると
たちまち大人の仮面を被った。

用意した服や花やアクセサリーを木箱に詰める度に
ボロボロと涙がこぼれた。
初めて、泣いた。
泣きながら、詰めた。
ゲランのチェリーブロッサムの香水をかけた。
祖母の葬儀に使ったであろう桃色珊瑚の数珠を一緒に詰めた。

我々は、彼女がいなくなってからずっと
見送る用意をして過ごした。
とびきりの服、とびきりのお花。

どうか還って来てください、
見送らせてください、という悲痛な想い。

失踪か、事故か、なにやらわからない。
せめて身体だけでも。身体だけでも確認したい。

心の拠り所のない無宗派の人間たちにとって
生命感に対する脆弱な精神性よりも
五感で確認できる身体性の方が
信じるに値する、
という例だったようにも思える。

そういえばケネディ夫人も、咄嗟に夫の脳髄をかき集めてたっけ。
移動する車の上で。


火葬場は、実にシステマティックに人の死を強制排出する。
叙情の欠片もなく、驚く程綺麗に遺った人の核を
さらりと羅列する。

彼女の指の骨は
秋の街頭の足元の小枝に似ていた。

「ここは何度も来る場所じゃない」
伯父がポツリと呟いた。

骨を詰めた壷を持って、黒い服で外に出た。

汗が染みるような陽気だった。

「ねえかあさん、紫陽花があんなに綺麗。」

母は答えなかった。


いつかの初夏のおはなし。