国宝土偶展


会期が残り二日しかないのでがんばって上野まで。
昨年末に夢に見た「遮光器土偶」には是非お目通り願いたいと思っていたので喜ばしいこと……だったはずなのだが、会場に着いてみると「入場40分待ち」のカードがかかっていた。
寒空の下、ジリジリと入場を待つ。

そもそも土偶ってなんなのだろう。
縄文期と弥生期の暮らしの違いは、社会科の授業で習って来た。
だけど、あらためて「13,000年前」という途方もない数字を目の前にすると、
その頃の人々がどんな服を着てどんな言語を操り、どんな生活をしていたのか、さっぱり想像がつかない。
くわえて、すっきりした造形で用途もはっきりしていそうな「埴輪」と、これでもかと言わんばかりの装飾にまみれた「土偶」の間には、ただ人形(ヒトガタ)をした焼き物の塊とは言い切れない何かがあるようだ。

なぜこの造形なのか。
人間の外見はそんなに変わっていないはずなのに、なぜこのようなデフォルメが行われるのか。

特徴的な箇所は、両目、鼻孔、口、乳首、でべそ。
お腹が膨れたものは妊婦らしいし、子供を抱いたものもある。
耳の孔には現代でいうところのピアスホールが開けられていたり、顔に刺青らしき文様が刻まれていたりする。

このさっぱり見当もつかない古代の人々の
呪術や信仰目的ではないか?という憶測だけの説明の
なんとも言いにくいし、なんとでも言える、
ありがたいのかそうでもないのかわからない土器を見て回るのは、思いの他至難の業だった。

ひとの祈りがたくさん込められたであろう呪術的なものを目の前で広げてみせられたという経験は思いのほか精神的に負担が強く、脳内酸欠状態になってしまい倒れそうになった。

途中までは「これおもしろい、かわいい」なんて言葉も出ていたのだが、
うすら恐ろしさすら感じるようになり、図録を買う意欲もなくなった。

わたしにとっての古代物品は、高校の修学旅行で訪れた国立博物館で、だれもいない閑散したフロアで見た、とてもスターなんて扱いを受けずひっそりとケースの中に鎮座していた土偶であり、資料集の写真でしか見たことがなかった銅鐸や鏡や曼荼羅や仏教図であった。

上野の夕暮れという哀愁が漂いすぎる磁場と、普段美術館で見慣れない不思議なジャンルの観覧客。

風土病というべきか、土偶病にかかってしまって、目の焦点は合わないわ、時空を超えてやって来た人の念の重さに全身が重いわ……で、
清浄な暮らしに戻るための精神修行(服屋で流行ラインのものを鏡にあてがう、甘味処でスイーツを食べる)をこなさないと帰宅出来なかった。

そして微熱と疲労でぐったりと寝込んだあと鏡を見たら、顔面蒼白だった。


復帰まで、ファーたくさんのぬいぐるみとかプラスチックの玩具とかジャンクフードとか、現代的な療法を積極的に執り行いと思います。