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圧倒的に美しいものを見た時に
ひりひりして、ぽろぽろした。
まだ、大丈夫みたい。感性は。
今の状態は
15歳の受験前の冬に似ている。
試験用のデッサンが描けなかった。
死にゆく人が家にいて
うすうす感じていたのだけれど
おそらく子供だからという理由で教えてもらえなくて
漏れて来た会話で、その事実を拾った。
10歳でも15歳でも
気づいているんだよ。分かるんだよ。
生きること死ぬことについて、知らなくていい事実はないんだよ。
ずっとそばにあるもの、いつか経験するもの。
歳をとる分だけ、場数を経て鈍感にならないように
生きることが美しいと
死ぬことは自然なことで怖くないのだと
その間経験するあらゆる事象-深い愛情も、恋心も、葛藤も、憐憫も、やり場のない怒りも、喜ばしいことも、病も、老いも、細胞のシステムも、失敗も、反省も、学習も、どこかで起こるミラクルも、化学反応も、当たり前のように自然なことで、恐ろしくないのだということを
いつか胸を張って言えるように
なりますように。
そうね、例の件の準備ならできておりません。
思うところあって、当初の考えをばっさり葬り去ろうかと思っているところです。
幾度目かに産まれたばかりのヒヨコより。