つづく、と綴った途端
ああつづくのか、終わってしまえばどんなに楽なものかと
落胆する自分を発見する。

だから、つづく(たぶん)
にしてあるのであった。あれとかこれとか。

自分に足かせを履かせて喜んでいるようなものなんだ。

さて、客観性を主軸にした途端、呼吸の深さに気づかなくなるという悲しい性を持っているので
深呼吸のために「自分大好き、自分バンザイ、あなたが気にしてるほどには、誰も見てない」とかわざわざ言ってみるんだよ。

とかく、不自由な生き物である。

desa、人間性なんじゃないかと思ったよ。daitai ni oite.
表現に滲み出るんだとしたら、消せないんだとしたら。

つまり、字がでかいとか字が歪んでて平気とか
その反対だとかがあるように、

筆圧が高いのも人間性か。


hidarite de kaita maru.

nihongo nyuuryoku dekinaku natta.